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2026/01/06

本年もよろしくお願いします。

2026年が始まりました!

本年もどうぞよろしくお願いします

 

1月の土と愛第2の園だよりは職員それぞれ漢字1文字とそれに込めた思いを書くことになりました。

それで、どんな漢字がいいかな?と考えながら、昨年1月の自分の原稿を見返してみると、

 

「今」という漢字を中心に文章を作っていました。

 

じゃあ今年はどうしよう・・・っと、考えていましたが、

思いつかなく・・・

(昨年の原稿読んでしまったばっかりに、そこにとらわれてしまったということもありますが・・・)

知見を広げようの「知」や思い付きで行動しないで深く考えようの「深」、健康にすごそう「健」なんかもあるなぁ~と思いつつ、

ん~どうしよう・・・と悩んでいたのですが、

 

やっぱり

「今」

がいいなぁ

 

保育園という限られた時間で子どもたちをみる「今」

そこにかかわる家庭の「今」に寄り添えたら

土と愛のこれからを考える「今」

保育業界の変革期を考えていかないといけない「今」

 

「今」に向き合うことが「これから」を作ることだから、

もう1年「今」を掲げていこう!!

「これから」のための「今」を一歩一歩積み重ねていき、良い年にしていきたいですね。

改めて、よろしくお願いします。

 

第2 たもつ

本年もよろしくお願いします。
2025/11/14

運動会

起きると寒い・・・

寒くなるにつれて、一気に秋が深まりましたね。通勤途中の街路樹もすっかり赤くなり、根本は葉っぱでいっぱいに。

あぁ~秋だなぁ~と思う時間が短いこと・・・あと少しの秋を楽しみたいですね。

 

そんな短い秋の中開催された運動会!

前日は雨が降って、これは体育館での開催か・・・けど、天気予報は夜中から雨やむからどうにか校庭でできるかな・・・

とぎりぎりの判断をしたので、保護者はぎりぎりまでどっちだろう・・・とやきもきしただろうなぁ~と思っています。

やきもきさせてすみませんでした・・・

 

校庭のコンディションもそこまで悪くなく、校庭での開催!ぎりぎりまで待ったかいがあった!よかった・・・

そんなこんなで始まった運動会ですが、途中で天気が崩れることもなく、むしろ良い天気で最後までできてよかったです。

子どもたちが頑張った姿も素敵だったのですが、私としては大人ソーランもとても素敵だったなぁと思っています。

練習日を設けたけれど、参加者は少なく・・・当日も少なかったらどうなるんだろうと心配していました。

 

しかし!

 

本番になって保護者に呼び掛けるとトラックいっぱいの人・人・人!!

(保護者だけでなくて卒園児も参加!!)

いやぁ~嬉しかったです。

 

大人が頑張って踊っているところを子どもたちはきっと見ていて、いつもと違う大人たちの姿に喜びや憧れを持っただろうと思っています。

(・・・と信じたい)

大人のリレーもそうですが、大人が真剣に取り組む姿って、子どもはなかなか見ることがないと思っています。

だからこそ子どもも大人も頑張る姿を見せあえる土と愛第2の運動会って意味あるなぁ~と勝手に解釈してできてよかったなぁと満足していました。

 

雨だったらがちょう(3歳児クラス)以上での体育館での開催

午前中で終わるプログラム

(大人のソーランも大人のリレーもプログラムでした)

ころりんからいるかがみんなで参加はできませんでした。

だからこそ、晴れて外でできたことはほんとにうれしかったです!

 

保護者の方には不安な思いにさせてしまいましたが、今年もみんなでできたこと嬉しく思います。

ご協力本当にありがとうございました!!

 

(第2 たもつ)

2025/10/23

コミュニケーションとは、言語だけではないのです・・・を知りました。

あの暑さはいずこへ・・・・

毎年の猛暑で運動会も昨年度よりも遅くずらしたのですが、ずらさなくてもよかったと後悔・・・天候も季節の変わり目特有の読めない天気・・・

外でやらないで、体育館一本で!という園もあるかとは思いますが、せっかくやるなら外で!という思いではいるのですが、

できるかどうかのヤキモキ具合はなくしたいと思う今日この頃です・・・

 

話しは変わりまして・・・すごい自分事なのですが、娘が大学を受験したいということでオープンキャンパスに行くのに一緒についていく事があります。

いくつか行ったなかで、授業体験ができる機会があり一緒に聞いてきたときの話しになります。

受けた授業はコミュニケーションの授業でした。

コミュニケーションの手段は3つありますとのこと。

その3つとは・・・

〇1つめは聴覚・・・音声言語は”聴く”ですよね。

〇2つめは視覚・・・文字を読み取るのは”視る”ですよね。

2つ目までは、先生の言われる前になんとなくわかりました。

耳が聞こえない人も目が見えない人もどちらかの機能があれば、コミュニケーションはできるよなぁ~と思っていて聞いていました。

そして、3つ目は・・・っとなった時なんだろう?と考えている時に先生が言ったことは

 

〇触覚なんです!

 

触れることがコミュニケーション?と思う人もいるかもしれませんが、赤ちゃんの時って聴覚も視覚もすべてのおいて未熟ですよね。

だからこそ触れ合うことがコミュニケーションの1つだとされるとのことでした。

おしっこしたり、眠かったり、おなかすいたり・・・泣くことで表現した時に大人がそれに気づいておむつを替えたり、だっこをしたり。

そのスキンシップがコミュニケーションになるのか・・・

確かに・・・だっこした時の感覚ってお互いにあるし、言語でのやり取りではない刺激は必ずやあるなぁ~と思いました。

「手をつなぐ」「だっこする」って一歩通行の表現ではなくて、大切なコミュニケーションなんだなぁと再発見することができました。

 

大人も子どもも大好きな人に触れてほしい、声をかけてほしいし、声掛けたいって思いますもんね。

2025/07/31

主体性と自主性

言葉に出るのは「暑い・・・」暑いのが夏でしょ!とは言うものの限度がありますね・・・夏らしくはあってほしいが、「夏らしく」なりすぎてエアコンが効いている部屋にいるから逆に夏を味わえない?自立神経は乱れやすいですが・・・そんな中でも子どもたちは元気に毎日を過ごしています。キャーキャー大騒ぎをして走り回り、遊びまわりしています。

 

さて、タイトルにも書いた「主体性」「自主性」似たような言葉ですが、実は意味が結構違うのです。なんとなく同じような言葉だろう・・・と、もやっと思っていた自分は意味を知って、勉強不足感に向き合わされる結果になりました・・・

 

そのきっかけは、土と愛第2の保育を見直そうと昨年度から大学の先生に保育を見てもらうことをしています。専門的な立ち位置から支店や第三者から見えた思いを伝えてもらい、どう次に生かすか?ということをしています。その中で先生とメールでやりとりをするのですが、その中で「主体性」と「自主性」という言葉の違いを説明できる人はどれくらいいるでしょうか?・・・まず自分がわからない・・・調べよう・・・

「主体性」:自分の判断に基づいて責任を負って行動すること「自主性」:決められたものを自ら率先して実行すること

同じような意味かと思ったけれど、結構違うかも・・・どちらも大切なこと。子どもたちのおもしろい発想で遊ぶ姿は「主体性」がおおいにかかわるんだろうなぁ~そのこどもの「主体性」を「こうあるべき」というレールに乗せようとすることでこどもにしかない「主体性」はなくなっていくのだろうな・・・

大人には喜ばれる「自主性」(かたづけ)だけど、「自主性」だけでは自分の行動に責任が持てないのから一人で生きていく事は難しいでしょう。自らの力で生きていくのに必要な「主体性」社会に合わせようとするのに必要な「自主性」どちらも大切だからこそ、今しかできないことを思い切りできる環境を提供することそれが「主体性」をつぶさないことなんだろうな。それができるのが土と愛でありたいな。そんなことを思った先生とのやりとりでした

 

(第2 たもつ)

2025/05/15

遅くなりましたが・・・今年度もよろしくお願いします。

このブログを書くのもだいぶ日がたってしまいました・・・せめて4月に書いて「新入園の子は今年度も元気いっぱい泣いております」と書きたかったのですが・・・もう少しで6月にも・・・梅雨の走りというワードも聞こえてきました・・・

4月から入園・進級で子どもも大人(保護者、職員)も例年どおり、そわそわしていました。そんなそわそわが少し落ち着いてきたかな~と事務室で仕事をしていると泣き声や大騒ぎの声で感じます。

このブログを書いている日はお弁当の日であしかといるかはお弁当をもって公園にプチ遠足にどんくまさんもお散歩に。残ったがちょうは園庭で水を撒きながら、みんなびしょびしょになって大騒ぎ。大きな流れの時間を気にしないで過ごすとこんなにそれぞれ自由(時間も気持ちも)に過ごせるんだなぁ~と改めて感じました。

 

そして、話しはガラッと変わりますが、このホームページですが定期的に保守会社の方と改善点の洗い出しの打ち合わせをしています。その打ち合わせでは閲覧数の報告などもあり、そこからあぶりだされる問題点を提起してくれ改善の提案をしてくれます。その話しは自分にない視点なので、へぇ~と感心することも多いです。

また立場的にいろいろな方と話す機会があります。業者だったり、地域の方、行政関係、他園の園長、園を探している家庭や働きたい人などなど・・・いろんな方と話すことで、自分と違う違う視点をもらえて勉強。または、うぅ~んと考えたり、面白いと共感できたり・・・自分の価値基準の狭さを見つめなおすことも多くあります。

自分の価値基準を普通とだと思っていることのこわさ。

そもそも普通って?誰にとって普通なの?普通ってなに?

”普通”という言葉はある意味差別を生む言葉なのかもと今では思っています。

”普通”という言葉にとらわれることなく、相手を受け入れ、相手に受け入れてもらう社会がいいなぁ~と思うこの頃でした。

(第2 たもつ)

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